ママたちの体験談

長崎の実家で情報を熊本に送っていた

熊本市東区 A.N 子供:4歳(男)、1歳(男) 公開日:2016.11.15 更新日:2016.11.15

前震・本震

前震の時も本震の時も、建物や室内の被害はそんなになかった。前震では100均で買ったポットが下に落ちたぐらいだった。本震ではキャスター付きの冷蔵庫が少し移動していた。ものをあまり置いていなかったのもよかったのではないか。前震後15日に、朝から長崎の実家の両親が心配して来てくれた。下の子が余震にびくびくして寝られてないので、土日帰ろうかということになって、主人を残して子供と私は長崎の実家に帰った。

夫は残っていたので、お風呂に入れなかったのも大変だったようだ。江津は、井戸水があるお宅が多い。お宅の前に、段ボールに「ご自由にどうぞ」などと書いてあったものがあったので、お水をいただいていたという。電気が来るのは割と早かったので、電気ポットにいただいた水を入れてお湯を沸かして水でうすめて行水するということもしていたとのこと。

食事

食事に関しては、うちがある分譲地16軒分のラインで聞いたところによると、太陽光発電があるお宅の予備電源でみんなご飯を炊いていたという。お米は割とみんなあったみたい。それにおかずは缶詰を利用するなどして食べていたとのこと。

ラインやテレビで情報を得る

5月に熊本に帰るまでは、実家で友人・知人からラインなどでダイレクトな声が入ってきていた。テレビを見て阿蘇大橋の崩落や益城の状況、熊本城などに驚いた。5月に帰る時、熊本港からフェリーに乗るつもりだったが、ポールが本震でやられていたようで、長洲の方から帰ってくることになった。

備蓄について

去年台風がひどくて、また1月には大雪も降ったので、防災グッズは買い込んでいた。それがよかった。懐中電灯・携帯ラジオ・乾電池・お水(2リットル×6本入り)・乾パンなどの非常食を備蓄していた。しかしこんなことが起こるとは思ってなかったのでせいぜい1日分の備蓄だった。

これがあるといいなと思うものは、カセットコンロ。カセットコンロはうちにたまたまあったが、ないお宅もあったようだ。ボンベもついでに備蓄しておけば心強いと思う。

子供はしばらくトイレに一人で行けなかった

子供は上の子は地震後しばらくトイレについていかないといけなかった。余震がちょこちょこあったので、頭をかかえて隠れたりしていた。前震の後、15日の夕方までは熊本にいたが、震度6が3回ぐらいあった。これが続くんじゃないかと思って怖かった。下の子は、余震が起きるとびくっとして泣いていた。そのたびに私が「大丈夫だよ」というのを私の顔を見て待っているようだった。上の子は、携帯の「地震です、地震です」というのを真似していた。怖かったのを発散しているんだなと思い、やめるようには言わなかった。今は子供もだいぶ落ち着いてきた。

ラインやインターネットでは情報が錯綜していた。分譲地のライングループなどで、救援物資の情報など、自分に来た情報を知らない人に流すということをやっていた。電話が通じない時もラインは一番つながったので、ラインは便利だと思った。

避難した経験から言えるのは、地震が来てもこれで終わりと思わない方がいいということだ。実際に「これで終わり」ではなかったので…。

(エリア:熊本市東区江津)

教訓
  • 一度地震が来たら「これで終わり」ではない
  • 怖がる子供には「大丈夫だよ」
  • カセットコンロは停電に備えて準備すべし