防災ハウツー

2012年(平成24年)九州北部豪雨の思い出(筆:宮崎景衣)

公開日:2017.07.10 更新日:2017.07.10

このたびの平成29年九州北部豪雨で亡くなった方のご冥福を、そして被害にあわれた方々が一日も早く平穏な日々を取り戻すことができるよう、お祈り申しあげます。

迫りくる水位

今は南阿蘇村に住んでいるライター宮崎ですが、2012年(平成24年)の九州北部豪雨の時は阿蘇市に住んでいました。アパートは一階で、道をはさんで向かいには黒川という川が流れていましたから、防災無線から鳴り響くサイレンを聞き、とても怖かったです。

住んでいる地区の中でも高い場所にあったし、1990年(平成2年)の水害でもこの家は浸からなかったので、避難所には行きませんでした。しかし、夫は仕事に出らなくてはならなかったので娘と二人では怖く、実家にいようかアパートで過ごそうか悩んでいたのを思い出します。アパートよりも実家が若干低いところにありましたが、結局は実家にいることにしました。

娘は11か月の時でしたから、オムツやミルクの道具一式をきちんと運ぶことに気を付けていました。

ひたひたと迫ってくる水。二階に移動しようかという頃に、水が引いてきました。幸いなことに私の実家は床下浸水で済み、敷地内にある私達が住んでいたアパートは被害にあわずに済みました。

車は廃車に

実家に停めていた車は水に浸かってしまい、「ビーーー」としばらくクラクションの音が自動的に鳴っており、やみませんでした。しばらくして音は止んだのですが、車の中はドブ臭くなりました。古い車でしたし、ちょうど親戚から車をもらうことになっていたので、その車は後に廃車にしました。

水の怖さ

水害の時の水というのは、清流の水ではありません。汚水です。感染症にならないよう、とにかく濡れた服をそのまま着続けないことなどに気をつかっていました。しかし、家が流されてしまって替えの服がないという場合はどうするのでしょうか。今回の豪雨ではそれも心配です。皆様ちゃんと服を着替えられているのでしょうか。そして、小さい子供のミルクやオムツ、離乳食に生理用品などは足りているのでしょうか。

夫の実家に避難

床下浸水になってしまった実家は、片付けをする必要がありました。そこで子供を抱えた私は南阿蘇村にある夫の実家にお世話になることにしました。夫の実家は高い場所でかつ山付きの場所ではないので安心だったのです。

水害を経験して

この水害にあってから、雨の音が怖くてたまりません。11か月だった娘は今や5歳ですので、あの時のようにミルクやオムツの心配はなくなりました。そして今住んでいるアパートは山付きの場所ではなく2階なので、土砂や水に浸かる心配もないでしょう。しかし、怖いのです。

異常気象に思うこと

異常気象は毎年のように濁流にのみ込まれる地域を増やしています。私もそうですが、いくら災害にあっても、住んでいる地域を離れるという選択肢がないという人は多いでしょう。でも、離れなくてはいけない場合があるのではないか。その問題まで踏み込んで考えなくてはならない時期に来ているのではないかということが、とても悔しいし残念に思います。異常気象が温暖化によるものなのかは分かりませんが、こうなるまでに、何かできなかったのかということが悔やまれるのです。