ママたちの体験談

通学問題で子供の夢や希望を奪いたくない

阿蘇市赤水 J.S 子供:大学2年生(男)、高校3年生(女) 公開日:2017.01.07 更新日:2017.01.07

前震の日

お風呂から上がってゆっくりしていた時だったと思う。ドーンと音がしてゆれた。しかし慌てるということはなく、家の外に飛び出すなどはしなかった。心構えもなかったので、その場を動かなかった。テレビや携帯のサイトで地震の情報を探していたと思う。

本震の日

建て増しした鉄骨の部分で夫と私と娘と3人で寝ていた時に本震が来た。前震があったので念のために建て増し部分に集まって寝ていた。息子だけは外のコンテナハウスに寝ていた。ドン!という音と、食器棚や食器が割れる音がかなりしていた。しばらくは家の中にいた。ゆれがおさまってから食器棚など倒れていて足元が悪い中やっと駐車場に出た。冷蔵庫なども全部動いていた。駐車場にあるコンテナハウスの中にその日から泊まることになった。本震の日はとても寒かった。近所の人に布団や毛布を持っていくなどした。コンテナハウスで、横になるというよりは座っていた。コンテナハウスで朝が来るまで待った。携帯のネットやラジオで情報を得た。その時阿蘇大橋がなくなったことや熊本城が被害にあったことなどを知ったと思う。

しばらく孤立していた

道が悪くなっていたこともあり駐車場から一歩も出られなかった。自衛隊さんに声をかけたのも1週間後だった。物資も届かずに孤立していた。

1か月の断水

水や電気はかなり長い間来なかった。水は1か月ぐらい来なかった。自衛隊さんの給水車に取りに行っていた。私達は車に乗れる、体力がある、だからポリタンクが運べた。近所の車がない人のためにかわりに水を運ぶということもした。家の真ん前に給水車がいるわけではないので。ポリタンクは、本震後に友人や親戚が持ってきてくれたものを借りて使っていた。お風呂は、友人の家などあちこち回って入れてもらっていた。 洗い物を減らすために、紙皿やラップを使っていた。現在でも、割れてしまった食器を新しく買い足す感覚にはまだなっていない。盛り付けのきれいさなど考えることができなかった生活が長く続いたので、その感覚がまだ治っていない。ある食器を使っているという感じ。地震以前とは全く違う。

私達が住んでいる市営住宅は、半分は全壊になり取り壊しになっている。道路を挟んだ別の棟はぼろぼろの状態だった。とても被害が大きかった。私達の家はドアが勝手に開いたり閉まったりするようにはなったが、住めている。

娘の通学問題

息子の方はそこまでなかったが、私と娘が片時も離れられなくなった。娘は高校でダンスをしており、全国大会のオーディションや練習などがあるので早めに学校に行く必要があった。そこで何日間か、娘は友人宅に泊まらせてもらった。オーディションや練習は、行かないと大会に出られない。国道57号線が通れなくなったので、娘が学校に行けないのではということが一番の悩みだった。娘の高校は立ち入り禁止になっていたり体育館が壊れていたりしたので、インストラクターの先生のスタジオまで行った。オーディションや練習の場には主人と私とで行ったが、この場にいれて本当に良かったと思った。娘はその後大会で日本一になった。

阿蘇から57号線の迂回路をJRバスが運行することになって、とても安心した。送り迎えするしかないと思っていたので。私と同じような悩みを持つ保護者と会を作り、通学に関するアンケートを県に持って行ったり阿蘇市に呼びかけたりした。便数が少ないなど思い通りにはならないけれども、土・日に動かなかったのが土曜日に動くようになるなど、この会の動きでだんだん変わっていった。

子供の夢を奪いたくない

国道57号線の迂回路をJRバスで通っている子の保護者は、今後の子供の進路のことで悩んでいる。未来がある子供達の夢や希望をそこで終わりにしたくないという思いでいっぱいだ。今の交通状況は、「頑張ればできる」という状況ではない。一番大事なことは、子供が普通に学校に行けることなのだ。地震のせいで普通にできることができなくなるという状況がある。今は朝4時起きで5時半出発のバスに乗っている子供。帰宅のバスは乗る子が多くて2時間待ちで乗らなければいけない場合もある。高校によっては、冬場の対策として、阿蘇の子のために宿舎を作るなど対応してくれている学校もある。子供はセンター試験を受ける予定だが、雪の時期に大丈夫なのだろうかとも思う。

地震後8か月たって

地震後は、ガソリンを半分にならないようにこまめにいれるようになった。食べ物に関しては、感覚的に意識が薄れてきていることもあり、場所もとるのであまり備蓄していない。水ももらったペットボトルが少し残っているぐらい。地震後しばらくは持ち出し袋を用意していたが、今はそれもしていない。家がぺちゃんこになっていたらいろいろ用意したかもしれない。しかし、懐中電灯だけはハンドタイプのものなどを備えている。

一日一日、一瞬一瞬を大事にして生きたい

地震直後は、何か発信したいと思っていたが、パソコンの操作がなかなか慣れないこともあり難しかった。今は、一日一日・一瞬一瞬を大事にしたいと思う。やりたいことはやって、やり残すことがないようにし、そして前に進みましょうとこれを読んでいる人には伝えたい。娘がダンスコースの大会に出られた喜びなど、一つ一つが幸せでありがたいと思っている。子育てをしていると不安や悩みなどがあるけど、全てのことに感謝しながら生きていきたい。娘もテレビの取材の時そう言っていたので、娘も同じ思いなんだなと思った。

2016年12月13日 聞き取り

教訓
  • 地域が孤立状態になるかもしれないという可能性は心得ておきたい
  • 地震後、道が通れなくなった時の通学問題は深刻、ぜひ心構えを
  • 何があるか分からないので、一瞬一瞬を大事にして生きたい