ママたちの体験談

片付けにも水がたくさん必要だと思った

益城町馬水 S.I 子供:小3(女)、5歳(女) 公開日:2016.12.26 更新日:2016.12.26

公園で近所の人たちと一晩過ごした

前震の時は、今から寝ようかと布団に入っているときだった。子供達も起きていた。どーんときたので、子供におおいかぶさるようにしていた。縦に揺れて、よつんばいにならざるを得なかった。ただの地震じゃないと思った。一瞬おうちが壊れたんじゃないかと思った。揺れがおさまらなくて外に出た。目の前の公園にブルーシートを敷いて一晩過ごした。近所の人とのつながりを感じる一晩だった。公園に知っている人がいるだけで安心した。歩いて2〜3分のところに広安小学校がありそこは指定の避難所だったが、自分の家の近くがいいと公園にいた。物資は、広安小学校に行けばもらえる状態だった。

金魚の犠牲に子供がショックを受けていた

翌朝片付けをした。金魚を2匹飼っていたのだが、1匹の亡骸はなんとか探せた。もう一匹の金魚を探したがいなかった。本震の後、結局はリビングの戸のカーテン近くの窓際にいた。夜にとっておけば何とか生き残ったのではないかと後悔もした。子供はショックを受けていた。朝宮崎の実家の両親がおにぎりや果物を持ってきてくれた。

前震の日、昼過ぎに宮崎の実家の方に避難した。主人は益城に残っていた。本震の日宮崎では震度4だった。主人から電話で「また震度7があった」と聞く。益城の家は、テレビはだめになって、食器棚もすごかった。宮崎でテレビを見て、ニュースを見て、いろんな状況を把握した。建物は無事だったのでよかった。築3年の家だったが、クロスにひびが入っているように見えた。しかし、体も無事でけがもなくてよかったと思った。

片付けにも水がいる…

宮崎から益城に帰るルートに困った。俵山トンネルや阿蘇大橋もだめだったので…。久木野からグリーンロードを通って帰るというルートで2週間後に帰った。一度タンクに水をつんで、一回片付けには戻った。帰る2〜3日前に水が復旧したと連絡があった。片付ける最中に思ったのが、拭き掃除やお茶碗洗い、またトイレに流す水・体をふく水など、とにかく水がたくさん必要だということ。お風呂の水はやはりためておくとよいと思った。

宮崎からの帰路、山道に牛が放牧されていた。道はぼこぼこだったけど、景色はきれいだったのを思い出す。災害派遣の車が頻繁に通っていたのが印象的だった。

地震後にやるようになったこと

携帯は通じない時期もあったけど、ラインだけは通じだ。友人にラインして、「既読」になっているだけでも無事なんだなとほっとした。ラインのやりとりは頻繁に行った。携帯は連絡のツールとしてあった方がよいと覆った。充電がきれても相手が心配するので、充電はしていた方がよい。また、ガソリンはたまたま満タンだったからよかったけど、地震後は常に満タンにするようになった。また、生理用ナプキン類はストックしておいておくようになった。トイレは原っぱなどでどうにかなるとしても、飲み水は必須なので、床下収納に2リットルのペットボトルを入れている。あと、コック付きのポリタンクは絶対いると思った。ポリタンクは玄関わきに置いている。紙皿・割りばし・ゴミ袋も箱に入れて玄関に置いている。

教訓
  • 片付けの最中にも掃除用など水が多く必要になる
  • コック付きポリタンクは備蓄に必須
  • 紙皿・割りばし・ゴミ袋の備蓄も忘れずに