ママたちの体験談

半壊状態の家に住んでいたがやっと仮設住宅に当選した

益城町安永 K.I 子供:小3(男)、2歳(女) 公開日:2016.12.07 更新日:2016.12.07

前震

前震の日は、子供が普段習い事に行かないと言うのに行きたいと言ったので、生活リズムが他の日とは異なっていた。ご飯も遅くなっていた。ご飯を食べている横の部屋で、下の子がうんちをしたと上の子から呼ばれて行って、たまたま3人で一緒にいる時に地震にあった。ゆれは長かった。ぐるぐるとまわっているようなゆれだった。上の子は「浮いている感じがした」と言っていた。子供達を机の下に入れようと思ったけど、入れられないぐらいのゆれだった。

すぐに停電になっていたので周りの状況は見えなかった。夫はたまたま早めに寝ていたのだが、倒れてきていたタンスが上にのってきて足にけがをしてしまった。業者に以前検査をしてもらったときに、崩れると言われていたので、とても怖かった。結局前震の時は、家の中はぐちゃぐちゃだった。ゆれがおさまってから、家が崩れるかもしれないと思ったので外に出た。益城町惣領に住む親が通れる道を遠回りして来てくれた。両親と一緒に、小学校の前の保健福祉センターの駐車場で車中泊した。

重たいタンスなど、金具で止めるなどはしていなかったので、倒れていた。食器棚も、2階のも1階のもくの字に折れ曲がって倒れていた。うすい三角のゴムでできた倒れ防止のシートも割れて意味をなしていなかった。業者さんに聞いたところによると、あるお宅は本棚を金具で止めていたのに、本棚は倒れてしまっていたそうだ。

本震

本震の時は、実家に泊まっていた。21時頃皆でご飯を食べたが、まさか4時間後にまた来るとはその時は全く想像していなかった。前の日ほとんど寝ていなかったので、疲れていたので寝ていた。あわてて起きて逃げた。当然停電しており、暗闇でこけて打撲してしまった。気づいたら下の子を逆さに抱っこしていた。頭と足が分からないくらい混乱していた。子供も震えていた。

近所の人もみんな外に出てきていて、道路に敷物をしいてゆれがおさまるのを待っていた。寒かったので毛布を近所の方が貸してくれた。体の動かない老夫婦の家には様子を見に行っていた。無事だった。福祉センターへの避難を手伝った。5〜6家族集まっていたが、それぞれ別の場所に避難することとなった。私達は、グランメッセの駐車場に行った。

実家の被害は、本棚が倒れたり、前震の時横にずれていただけだった食器棚が本震の時にすっかり倒れたりしていた。エコキュートの機械も倒れてお隣の車に直撃したので、そのお金も大変だった。

2週間の避難所生活

グランメッセに車中泊した翌日、安永の家が今度はつぶれているんじゃないかと思っていた。家具が前の日に片付けたのがまた倒れていて、やる気を失ってしまった。それからの片付けは、倒れたタンスもしばらくそのままにしておくなどゆっくりとしたものだった。何日もかかってやっとなおしてもらった。

土曜日の夜からは広安小学校に避難しようということになった。3階の教室に避難した。結局2週間ほど避難所生活をした。はじめは電気が通っていなかったので、懐中電灯などがないとトイレへ行けなかった。あとからはライトが設置された。トイレは、簡易トイレが作ってあったのでありがたかった。3階に足の悪い人がいたが、1階にある簡易トイレはこしかけじゃないタイプなのでとても苦労された模様。苦労して1階まで下り、新聞紙をしいてこしかけて用を足していたとのこと。一週間以上はその状態だったが、AMDAの人達(お医者さんや看護師さんの集まり)が小さい子や足の悪い人用のトイレを設置してくださった。

ご飯に関しては、益城町は支援物資や炊き出しなどでおなかが減るということはなかった。歯ブラシがないなどのことが最初はあったが、かなり物資は充実していた。熊本市やその南の宇土市の友人などの方が食料など大変だったと聞いている。水も一人1本ぐらい行き渡るようにあった。支援物資はとてもありがたかった。

自衛隊の人が近所に住んでいらっしゃったが、前震の時玄関前に出ている時にすぐに着替えて出勤なさっていた。給水車もすぐに来てくれてありがたかった。お風呂は福祉センターの裏に自衛隊のお風呂が設置された。本震から数日ぐらいして設置されたので、入りに行った。下の子は熱いと泣いていたが、ありがたかった。

託児所があったらよかった

避難所生活でこれがあったらよかったと思うものは、託児所。ボランティアさんの中には子供と遊んでくださる方はいたのだが、2歳の子にはつきそっていなくてはならなかった。広安の家に片付けにちょくちょく行っていたが、ガラスが散乱して子供を連れていくのには危ないし、教室の片付けの時も…1時間でもいいので託児的なところがあったらいいなと思っていた。子供がいると片付けというのはなかなかできない。

土足禁止にしてもらってよかった

避難所の教室の中は土足だった。畳やシーツで自分の場所を確保していたが、それ以外は土足で、枕元などに衛生的じゃないトイレに行った後の靴などが置かれているという状態にとても抵抗があった。なので、私達がいた3階の教室はかなり初期に先生に土足禁止にしてもらった。3階なのでドアの外に靴を並べてもよかったが、1階は人が繁く通行しているので、簡易的な靴箱があったらよかったと思う。

仮設住宅に当選

避難所を出た後は、惣領の実家に2週間ぐらいお世話になった。安永の家は半壊状態だったが、ほぼ片付いて水も出るようになったので帰った。今少し家が傾いていて基礎ブロックも壊れているので、取り壊しを依頼している。益城町馬水の仮設住宅にやっと当選したので、近く引っ越しをはじめる予定。安永の家は建っているのは建っているのでもったいないねとは言われるが、家が傾いていることによって自分自身車酔いみたいな感じになったこともあり、また修繕費もかなり高額にかかると分かったので、建て替えることにした。

教訓
  • ゆれが強い時は机の下にももぐれない
  • 家具の倒れ防止金具も意味をなさないほど大きなゆれがくる可能性もある
  • 真っ暗な中逃げるのはとても危険
  • 携帯トイレ・簡易トイレなどは備蓄しておくのがおすすめ
  • 片付けの時などのための託児所が必要
  • 避難所の土足禁止はありがたい