ママたちの体験談

天井が落ちて自宅は全壊状態に

南阿蘇村河陽沢津野 K.M 子供:小4(女)、小2(女)、3歳(女) 公開日:2016.11.30 更新日:2016.11.30

前震後

前震の時は、ゆれはひどかったが、ものが少し落ちた程度だった。お風呂からあがって、子供の髪の毛を乾かしていた時だった。ゆれがひどかったので、子供がしがみついてきた。はじめてのゆれだった。その日は1階にて皆で集まって寝た。

本震後

次の日は小学校の遠足の行事があった。無事に帰ってきた。次があるとは思っていなかったので油断していた。二階の部屋で寝ていた。上の二人の子供はベッド、自分は下の布団で一番下の子と一緒に寝ていた。夫は違う部屋で寝ていた。本震の時は、突然下から突き上げるようなゆれで目が覚めた。一番下の子も目を覚まししがみついてきた。上の子たちに「こっちおいで!」と呼びかけたが、「ちょっとまって!」と聞こえた。棚がベッドの上に落ちてきていたのだ。あかりもついていない、真っ暗な中。押し入れのふすまも倒れてきていた。

私は視力がすごく悪いので眼鏡と携帯を枕元に置いて寝ているが、物が散乱して眼鏡がどうしても見つからない。子供たちを集めておいてから、使い捨てのコンタクトレンズを探して、はめた。子供たちは震えていた。夫の部屋に行きたいけど物が散乱している。なんとか夫の部屋に集まった。夫が下に降りて確認しに行った。何とか外に出られるということで、夫が上の子2人をかかえて、車庫に出た。そしてもう一度戻ってきて下の子を抱っこして、私と一緒に車庫に出た。車庫は大丈夫だったので、車に全員をのせた。車の鍵はものにはさまってとれなかったので、キーホルダーをはさみで切って取り出した。

おばあちゃんを救出しに行かなくてはならない。おばあちゃんが寝ている部屋は、天井が落ちていた。おばあちゃんはおそらくゆれでベッドから落ちて、こたつとベッドの間にはさまっていたので難を逃れた。頭を打つなどしていたが、なんとか大丈夫だった。夫がおんぶして救出した。

家は半分は屋根が落ちて柱だけがある状態になっていた。全壊という診断だった。壁もぼろぼろに落ちていた。

真っ暗な中、近所をまわった。あの道は通れる、あの道は通れないなどの情報を集めた。近所のおじちゃんが家にはまっているとの情報を受け、夫と救出しに行ったりもした。携帯のライトが役に立った。消防団の情報により、阿蘇大橋が落ちたことなどを知った。

避難所から実家に避難

次の日の夕方には、道路で避難所に行けると分かったので、避難所に行った。それまでの食事は、よく覚えていないが、台所に行って缶詰などあるものやグミなどのお菓子を食べていたと思う。

避難所には4〜5泊した。お風呂も入れていなく、トイレも衛生的に厳しい状況だった。おばあちゃんは地震の前から結膜炎になっていたのだが、悪化して目がはれて開かなくなっていた。子供もいて衛生状態が気になったので、阿蘇市内牧の実家に避難することにした。母が避難所まで来てくれた。夫と子供3人と内牧に避難し、お風呂も入ることができた。おばあちゃんは熊本市の八景水谷に住む夫の2つ上の姉のところに行った。病院にも行くことになった。

避難所では情報が欲しかった

避難所の体育館ではとにかく情報が入ってこなかった。電気は復旧していたが、テレビやラジオ、新聞がなかったので、どこがどういう状態なのかといった情報が欲しかった。炊き出しのおにぎりなど、食べ物や飲み物は確保できていた。携帯は会社によって電波が通じるのと通じないのとあった。私の携帯は通じなかったので、情報がゼロだった。いろんなうわさも広まっており、どれが本当の情報なのかが分からなかった。

二次避難所へ

5月の連休が終わったあたりから学校が再開したので、上の子二人は転入というかたちで内牧小にしばらく通った。内牧で数週間過ごしてからは、6月頭ぐらいから宿泊施設が二次避難所になったのでそこにしばらくいた。つゆに入ってから雨の音がすごく、2番目の子は眠れないと言っていた。荷物が結構あったが、駐車場から部屋まで10分から15分ぐらい歩いていかなくてはならず、辛かったが、プライバシーの確保はできた。

そして仮設住宅に

そして7/24からは仮設住宅にいる。内牧の実家で夏休み中は寝泊まりしながら、ちょこちょこ荷物を入れた。3歳の娘は地震の後1月超ぐらいは保育園に行けなかった。私にべったりで、ママママという状態。離れるのが怖いようだった。6月末頃から、朝の1時間だけ通うというようなこともしていた。

便利だったもの・欲しかったもの

あって便利だったのはウエットティッシュ。子供がいると必ず必要になる。子供サイズのマスクは欲しかった。あとは、懐中電灯も良いが、ヘッドライトがあると両手が使えていい。本震の後主人がヘッドライトをつけていたので娘を二人抱えて出ることができた。水とかご飯とかは早めに支援が来るので、買いだめとかはしなくても良いのではないかと思った。子供がいる家庭は、ウエットティッシュを車に入れておくと良い。ポケットティッシュやマスク、あとは、けがをしたらいけないのでちょっとした携帯スリッパ、それに携帯用トイレなど備品的なものを用意しておくべきだと思う。

教訓
  • 避難所ではラジオなど情報が得られるものがあるとよい
  • ウエットティッシュは子供がいれば必ず必要
  • ヘッドライトは子供を抱えて逃げるのにも便利
  • 携帯トイレ、携帯スリッパなども備蓄しておきたい